伊藤忠商事の働き方改革

伊藤忠商事の働き方改革

目指すは「厳しくとも、
働きがいのある会社」

産業界に先駆けて「朝型勤務」や毎週水・金曜日にカジュアルな服装を推奨する「脱スーツ・デー」の導入などの「働き方改革」を進めている伊藤忠商事。働き方の価値観から変える改革には社内の抵抗が大きいものもありました。その中で、多様な改革を指揮してきた垣見俊之人事・総務部長が、それらの改革の真意を語りました。

垣見俊之人事・総務部長

朝型勤務制度

朝型勤務制度を始めたのは2013年10月のことです。それまでは伊藤忠商事も同業他社と同じく、フレックスタイム制度を導入していました。コアタイムを午前10時から午後3時としていましたが、効率的に働くというよりは、多くの社員が午前10時に出勤し、夜遅くまで働くというのが実態でした。しかし、特に繊維や食料のお客様は朝が早い会社が多く、午前8時半出勤という会社は、決して珍しくはありません。朝一で「注文した商品が届いていません」と連絡をいただいても、「担当者は10時出社です」という状況が常態化していてはお客様第一の商売はできません。伊藤忠商事を含め、大手総合商社の給与水準は高いと言われており、30歳そこそこで1000万円以上貰っているケースもありますが、朝電話してもすぐ対応できない様では、お客様からの信頼や期待を勝ち得ることはできないんです。またお客様第一の商売を行うということだけでなく、夜にダラダラ残業をするよりも、朝早くから仕事を始めるほうが効率的であるとも考えていました。
そこで午後8時から午後10時までの勤務は「原則禁止」、午後10時から翌日午前5時までの勤務を「禁止」としました。逆に午前5時~午前9時は深夜勤務と同じ割増手当が付くようにし、さらに午前8時までに出社した社員には軽食も無料で提供することで、夜型の働き方を「朝型勤務」に切り替えることを促しました。

伊藤忠商事の人材多様化に向けた取組の推移

しかし、スタート当初はこの施策に対して社内では強い「反発」が起きました。
「人事は現場を何も分かっていないじゃないか」
「やりたくて残業しているわけではない、会社のためだ」
「お客様からのクレームに人事は責任をとれるのか」
商社といえば「遅くまで残業するのは当たり前、飲み会は深夜まで」という「猛烈社員」のイメージがあるかと思います。
しかし、朝型勤務制度はこうした価値観を根底から変える正に「改革」。「意識改革は反対があって当たり前、ひるんではダメだ」と諦めませんでした。
朝型勤務の導入以降、私をはじめとする人事・総務部の課長クラスが毎日午後8時になると本社の各フロアを回り、残業している社員に丹念に退社を促しました。「今やっている仕事は本当に今夜やらなければならないのですか」「明日の早朝に回すことはできませんか」と。
導入から1カ月ほど経ったある日、たまたまエレベーターで一緒になった営業部長から「意外に『朝型』も悪くないな」と話しかけられたことがありました。朝型勤務の狙いは「残業を削減すること」ではなく「効率を上げること」。毎週水曜日や金曜日を早帰り日やノー残業デーにして働き方改革と称するのとは、根本的に発想が違います。「短時間で集中して仕事ができるようになった」「夜早く帰ることで、家族との時間を持つことができて、リフレッシュにもなる」といった声も届き始めました。会社の施策の真意が社員に伝わった瞬間でした。この時はうれしかったですね。こうした「夜回り先生」的な地道な努力の積み重ねにより、ダラダラと残業して深夜に飲みに行く生活ではなく、「朝型勤務の方が仕事の効率が上がる」と実感する社員が増えていったのです。
一連の施策の導入で、今では午後8時以降に残業をする社員はわずか5%。午前8時より前に出勤し仕事を開始している社員は全体の半数近くになります。結果的に残業時間は導入前よりも約10%強減少しました。

110運動

朝型勤務の結果、夜の残業は大幅に減りました。続いて、飲み会にも同様の改革を行いました。昔の商社パーソンと言えば、夜は飲み会が当たり前。しかも2次会、3次会に行って酔いつぶれていたものですが、現在はもうそんな時代ではありません。商売の話は1次会で十分にし、早々に解散にする生産性の高い時間の使い方をすべきではないでしょうか。そもそも、深夜まで延々と飲みたいと思っているお客様が、どれくらいいらっしゃるのでしょうか。
もちろん、「お客様との2次会は絶対に禁止」とは言いません。どうしても必要なときは許容しますが、社内の飲み会は1次会のみ10時までを徹底しています。この運動を伊藤忠商事「110運動」と呼んでいます。
深夜まで飲むことが必ずしも商売の話につながるものではなく、デメリットの方が遥かに大きいでしょう。2次会や3次会に行くと酔いは回り、疲労も溜まるので様々な問題が起きる可能性が高まります。酔い潰れれば誰かが自宅に送り届けなければいけませんし、 トラブルに巻き込まれる可能性も高く、翌朝は疲れて仕事にならない。こういった日々が続けば、生活習慣病の原因にもなり、良い事は何もありません。

脱スーツ・デー

2017年6月からは毎週金曜日にカジュアルな服装を社員に奨励する「脱スーツ・デー」を始めました。(2018年5月からは「脱スーツ+」として毎週水・金曜日に拡大)ジーンズやスニーカーでの勤務も可能になるこの施策は、お客様目線でTPOをわきまえながら、新鮮で柔軟な発想力、流行やニーズに対する情報感度を高めるために実施しています。 百貨店のスタイリストに社員のトータルコーディネートを依頼、選んでもらった装い一式を会社負担で無償提供するプログラムも用意しました。金曜日の服装をどうしようかと考えたり、お客様や周りの人の反応を見たりすること自体が、何事にも積極的に関心を持ち柔軟な発想力を養い、斬新な仕事のアイデアを生み出しやすい環境をつくると考えています。

脱スーツ・デー

がんとの両立支援

現在日本人の2人に1人ががんに罹患するといわれています。年間85万人が新たにがんと診断され、うち3割が就労世代です。がんは一般的に、一定期間の集中した治療とその後の入念な長期フォローが求められるものです。当社においても、がんと闘病しながら働く社員や、惜しくも亡くなられた社員がいますが、社員ががんに怯えることなく、負けることなく、働き続けられる環境設定が社員の活力、組織の活性化を生むものと判断し、社員のがん予防・治療の強化にも乗り出しました。
主な施策は(1)国立がん研究センターとの提携によるがん検診の義務化(2)高額な高度先進医療の無料化(3)がんとの両立支援体制構築(4)子女育英資金の拡大――の4つです。このような支援体制を整備することに加え、がんと診断された社員が職場の中に「自分の居場所がある」と感じられるということが大切だと考えています。人は、自分の居場所があると感じるときに大きな力を発揮するものです。がんとの闘いに勝つためにも、職場の仲間がその社員を支え応援し、自分居場所はここだと実感できる体制を作ること、そのような職場を作ることが大切だと考えています。がんになっても社員一人ひとりが持続してやる気やりがいを持ち、安心して働き続けることの出来る職場を目指していきます。

日吉独身寮

2018年3月に神奈川県横浜市に旧来の寮よりも近い「通勤30分」の距離で、約360名が入居できる男子独身寮を新設しました。この寮には、入居者が集い、年代や部署を越えたタテ/ヨコ/ナナメのコミュニケーション深化を図るべく、収容規模約120名のシェアキッチン付食堂や、多目的集会室、研修室、サウナ付大浴場、ライブラリー、各階のコミュニケーションスペース(カフェ、バーコーナー、リラックスラウンジ、オープンテラス)等、多彩な共有設備を用意しました。また、伊藤忠グループ企業の協力を得たカーシェアや近隣のフィットネスクラブも利用可能です。独身寮を社員教育の場として活用し、人的ネットワークの構築を図っています。

日吉独身寮

関連データ

  • 従業員の状況

無駄な会議・資料削減

新しい施策を実行するだけでなく、これまで日常的に行ってきたこと、例えば会議にもメスを入れました。多くの日系大企業でも会議に関する問題が指摘されていますが、伊藤忠もご多分に漏れず会議が非常に長く、また多い会社でした。例えば年間見通しを作成するとなると、その裏付けとなるデータを収集・分析し、完璧な資料を用意して会議に臨んでいたわけです。しかし、1年どころかたった半年で経済環境が激変する昨今、これは無意味であると言わざるを得ません。さらに社員は、多岐にわたる質問に答えるため、緻密なシミュレーションを用意するなどし、会議資料はドンドン厚さを増していきました。美しい資料を作って多様な質問に完璧に答え切ることで、仕事をした気になってしまっているようでは全く意味がありません。
そこで会議の実態を調べてみると、重要会議は2009年度で828回、総会議時間は1448時間、会議資料の厚さは162.2センチもあったのです。これを2010年度には、開催回数を21%、会議時間を22%、資料の厚さを13%、それぞれ削減しました。この取り組みを継続することで、2015年度には開催回数は41%、会議時間は50%、資料の厚さは48%と劇的に減少しました。会議資料の作成に時間を割くのではなく、商売の原点である現場に足を運ぶことこそ、我々伊藤忠パーソンが優先すべき仕事なのです。

その他

他にもお客様目線/社員目線の施策を次々と実現してきました。
東京本社ビルは東京メトロ銀座線の外苑前駅出口に隣接しています。この出口から本社ビルへ歩く僅か数メートルの距離にはこれまで屋根が無く雨の日には、わざわざ傘をさす必要がありました。そこで、I-Roofと名付けた屋根を設けました。決して安くはない費用ですが、傘をさすという僅かな手間も社員に強いたくないという思いで決断しました。
また、夏の暑い日にお客様訪問から戻ってきた社員は汗だくです。そこで「クールダウンルーム」を設置し、冷風に当たって体を涼めることができるようにしました。こうしてリフレッシュすることで着席後、すぐに業務に取り掛かることができます。クールダウンルームは、お客様が来館される1Fロビーにも設置し、好評をいただいています。
これからの伊藤忠商事の在り姿として大切なのは、利益目標だけではなく、成長の質やお客様目線を軸とした働き方を重視することで、総合的な企業価値を上げることだと私たちは考えています。その考えに基づき、上述の各種施策を推進してきた結果、厚生労働省の「働きやすく生産性の高い企業表彰」の受賞や東京都における「働き方改革ベストプラクティス企業」への選定につながりました。さらに、経済産業省と東京証券取引所が選定する「健康経営銘柄」に2016年、2017年と総合商社として初めて2年連続で選ばれています。
伊藤忠商事は単体の社員数が五大商社で最少の約4,300人。三菱商事や三井物産より約3割以上も少ない中で戦っています。だからこそ、社員1人あたりの生産性を上げることが必要不可欠なのです。頑張る社員をバックアップするために、伊藤忠商事はお金も手間も一切惜しみません。
これからも、社員の生産性向上につながる職場環境の整備には、とことんこだわっていきます。

ひとりの商人、無数の使命