Project of ブラジル鉄鉱石事業統合 統合パートナーは地球の裏側に

金属カンパニー

堀川雅弘

堀川雅弘

金属カンパニー
鉄鉱石・製鉄資源部
鉄鉱石第二課

堤 累偉

堤 累偉

金属カンパニー
鉄鉱石・製鉄資源部
鉄鉱石第二課

※現在はサンパウロにて海外実務研修中

2015年12月、ブラジルから一つの大きなニュースが届いた。伊藤忠が株式を持つブラジルの鉄鉱石生産・販売会社NAMISA社(Nacional Minerios S.A社)と、優良鉱山として知られるCasa de Pedra鉱山を所有するCSN社(Companhia Siderurgia Nacional社)の鉱山事業が事業統合を果たしたのである。これにより、優良鉱山とインフラ設備を保有し、世界で最も競争力を有すると期待される鉄鉱石サプライヤーの一つが誕生したのだ。実はここに至るまでは時差12時間という地球の反対側にあるパートナーとの、実に7年間にもわたる長い交渉があった。このプロジェクトに加わった若手メンバーの代表である2人に、その交渉を振り返ってもらった。

世界屈指の競争力を持つ
サプライヤーを目指して

話は2008年にさかのぼる。当時伊藤忠ではブラジルにおける鉄鉱石事業への本格参入を果たすべく、NAMISA社の株式の取得に成功した。国内製鉄会社、韓国鉄鋼最大手と共に日韓コンソーシアムを組成、その後、台湾鉄鋼最大手も参加して日韓台コンソーシアムを組成した。伊藤忠の株式持分比率はその中でも最大であり、同時に伊藤忠の海外事業規模としても過去最大のものであった。鉱山はもちろんのこと、株式保有や長期契約に裏付けられた鉄道や港湾施設と一体で運営されているため、将来の出荷量の拡大に備えたインフラも確保された案件だった。そして、この当時から伊藤忠がさらに業界における地位を確固たるものにすべく計画していたのが、CSN社の鉱山事業との統合。世界屈指の競争力を持つ事業へと飛躍することを狙っていたのだ。だが、統合の話は遅々として進まない事に加え、NAMISA社の鉱山は当初想定した計画通りに進捗できなかったり、鉄鉱石の相場が下落したりといった逆風もあった。そんな状況の中で堀川雅弘がこのプロジェクトにアサインされたのは入社2年目のことだった。

距離の壁、文化の壁に
交渉は苦難の連続だった

「日本の将来のために資源を確保するという使命感で、課の全員がチームプレーで1つのプロジェクトに専念する。そのスケール感に驚きました」(堀川)。東京で3年間鉱山技術の検証や決算管理などを担当した堀川は、2013年に半年間のポルトガル語研修のためにブラジルに渡る。その後、1年半、現地事務所で実務研修を行った。その堀川と入れ替わるように入社してプロジェクトにアサインされたのが、堤累偉だった。父親が現在ブラジルに暮らしており、自身も中学時代をブラジルで過ごしたという堤。入社時の「ぜひブラジル案件に携わりたい」という思いがかなってのアサインだった。堤は1年目に課の予算編成業務や契約書作成などの業務、2年目は鉱山操業の採算性の検証などの業務を担当した。つまり先輩の堀川がブラジルで、後輩の堤が東京で、それぞれ交渉に臨む先輩社員を下支えする役割を果たしたのである。このプロジェクトの難しさは、交渉相手がブラジルの会社だということに尽きる。互いに地球の反対側に位置するという物理的な距離もさることながら、文化や商習慣にも大きな隔たりがあり、それが様々なコンフリクトを生じさせることになった。「ブラジルやニューヨークで交渉の場に臨むたびに、相手は無茶な条件を突きつけてくる。CSN社のトップは一癖あることで業界でも有名で、交渉は難航しました。」(堀川)。「それでも課のメンバーの“やるしかない”という思いがぶれることは一度もありませんでした。CSN社と事業を統合し、世界屈指の競争力を持った存在になるという目標に向かって、折れることなく突き進んでいきました」(堤)。

7年越しの交渉が佳境へ。
報せは未明の東京に届いた

2014年に入り、CSN社とようやく統合に向けての基本的な合意に至った。それまではミーティングに出席したCSN社の表情は険しく、場の空気も堅いものだったが、合意後はCSN社側も「破談になってはマズイ」という意識が生まれたこともあって一気に協力的な態度へと変わっていった。「ミーティングは、日本からの出張者がいる時は英語、それ以外はポルトガル語で行われました。基本的にはシリアスな空気の中で行われたのですが、統合に向けて協力して進めていこうという事で、CSN社側が関係者全員を会食に招待してくれたのが印象に残っています」(堀川)。東京では堤が、コンソーシアムの他のメンバーに進捗状況を報告するという重い仕事を担当していた。「鉱山にどんな技術的な課題があるのか」「なぜ統合に時間がかかるのか」ということを説明し、理解を求めるわけだ。「パートナーの企業の担当者はほとんどが中堅社員。対して伊藤忠では私のような若手がチャンスをもらって前線で頑張っている。若手が伸び伸びと活躍する当社のカルチャーを改めて実感しました」(堤)。こうして基本合意の後を受けてさらに交渉を続けた結果、ようやく2015年11月末にCSN社と統合の合意に至ったのである。クライマックスは日本時間の12月1日未明。NAMISA社が保有していた現預金を出資者に還元するため、伊藤忠と国内製鉄会社分の約10億ドルがニューヨークの口座に振り込まれることになったのだ。この時、堀川はCSN社の事務所でのクロージング作業のためにブラジルに出張していた。一方の堤は東京の自宅にいて、一旦寝入った後、2時半に起きてベッドを抜け出し、パソコンの前で入金確認のメールを待ち構えていた。「入金予定が朝の3時。ところがメールは来なくて、4時半になってやっと入金確認の報せが届きました。達成感というより、ホッとしたの一言に尽きましたね」(堤)。「国をまたいで巨額の入出金が行われるのですから、万が一にもアクシデントが起きないよう、分単位のスケジュールで手続を進めていました。予想外のことで予定が遅れるなどしましたが、何とか無事に終えられてよかったです」(堀川)。

組織の力と個の力。
その融和が伊藤忠の底力

世界の鉄鉱石業界は大手サプライヤー3社で供給量の75%が占められるという構造になっている。今回のNAMISA社とCSN社鉱山事業の統合によって誕生したのは、埋蔵量30億トン超という世界有数の鉄鉱石生産会社。大手の3社に続く競争力を持つサプライヤーになれたことで、伊藤忠は世界での存在感を高めることに成功した。このプロジェクトを振り返り堀川は、伊藤忠の「組織の力」と「個の力」の融合が成功のポイントだったと指摘する。「優良案件との統合、約10億ドル(伊藤忠分約7億ドル)のキャッシュインという目標に向けて、強いリーダーシップのもと、全員が絶対にできると信じてやりきりました。そして、1人ひとりが交渉担当、技術調査担当、会計税務担当、法務担当と課せられた役割を全力で果たしました。まさにプロフェッショナルの集団としての強さが発揮されたと思います」 一方の堤は“スピード感”をあげる。「事業投資の難しさ、やりがいというものを実感できたプロジェクトでした。長丁場のプロジェクトでしたが、スピード感を失わずに取り組んだことで、ぶれなくやり遂げられたと思います。私のような若手でもこうした大規模なプロジェクトに携われるのは、伊藤忠ならではの魅力でしょう」。統合直後、社内のイントラにもいち早く掲載されるなど、大きな期待を集めていた今回のプロジェクト。社長の岡藤からは、統合を祝し、プロジェクトメンバーに対して巨大なマグナムボトルの高級ワインが贈られた。関係者全員で味わったそのワインは、この上なく美味だったという。

ひとりの商人、無数の使命